2013年8月2日金曜日

WSMLアンテナをコイルの側面から考察してみる

はじめに

WSMLアンテナについて、今年の3月にいくつかの実験を行いましたが、中途半端な結果になってしまい消化不良を感じていました。

前の記事

その後、気になった事などを時間を見つけては暫く考察していましたが、気が付けば既に8月になってしまいました。その間に分らない事を調べたメモや実験を行った時のメモがだいぶ溜まってきたことや、年齢と共に記憶力の低下を感じる今日この頃ですので忘れないうちにそろそろ纏めに入ることにしました。



WSMLアンテナ

このアンテナは LZ1AQ Chavdar さんが開発された広帯域受信用アンテナで、正式名称は Wideband Active Small Magnetic Loop Antenna と言います。長い名称なので略して(日本国内では) WSMLアンテナ と呼ばれています。

WSMLアンテナは、ループに誘起した非常に小さな電流をアンテナ・アンプで増幅する方式のアクティブ・アンテナです。このアンプの特徴のひとつとして非常に低い入力インピーダンスであることが挙げられます。このことから、ループの誘起電流ができるだけ多く流れるような工夫が、このアンテナの感度の向上に繋がると考えられます。

また、WSMLアンテナのループエレメントは、見る角度を変えると「大きなコイルである」とも言えます。そこで今回は、WSMLアンテナをコイルの側面から考察してみました。



コイルに流れる電流

コイルに流れる電流の変化は磁界を発生させ、コイルを貫く磁界の変化は電流を発生させます。また、コイルに流れる電流の大きさと発生する磁束との関係はこのような式で表されます。

\[ \begin{multline} LI= N\Phi \\ \begin{array}{ll} {L} &: \text{インダクタンス [H]} \\ {I} &: \text{電流 [I]} \\ {N} &: \text{コイルの巻き数} \\ {\Phi} &: \text{磁束 [wb]} \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

磁束は磁束密度とコイル(ループ)の面積で表すことができます。

\[ \begin{multline} \Phi = BS \\ \begin{array}{ll} {B} &: \text{磁束密度 [wb/}m^2\text{]} \\ {S} &: \text{コイル(ループ)の面積 [}m^2\text{]} \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

さらに磁束密度は、磁界の強さと透磁率を使ってこのように表されます。

\[ \begin{multline} B = {\mu}H \\ \begin{array}{ll} {H} &: \text{磁界の強さ [A/m]} \\ {\mu} &: \text{透磁率 [H/m]} \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

上記の式を整理すると、このようになります。

\[ \begin{multline} I= \frac{N\Phi}{L} = \frac{NBS}{L} = \frac{\mu NHS}{L} \end{multline} \]

これらの関係式から、コイルに流れる電流の大きさについてわかることは、 「面積」や「巻き数」、「磁界の強さ」が大きくなるとコイルの電流が増加する、「インダクタンス」が大きくなるとコイルの電流が減少するするということです。

ループの誘起電流を大きくするには「S/L比」を大きくする。これは「面積」が大きくて「インダクタンス」が小さなコイルを意味しています。コイルにはチョット厄介な条件ですが、この WSML アンテナにはそのためのアイデアが詰まっているようです。



空芯コイルのインダクタンス

空芯コイルのインダクタンスは、このような式で求めることができます。

\[ \begin{multline} \begin{array}{ll} L &=& \frac{\mu_0 NS}{I} \cdot \frac{NI}{b} \cdot k \\ &=& \frac{\mu_0 {N^2}\pi{a^2}}{b} \cdot k \quad[H] \\ \end{array} \\ \begin{array}{ll} {N} &: \text{コイルの巻き数} \\ {a} &: \text{コイルの半径 [m]} \\ {b} &: \text{コイルの長さ [m]} \\ {\mu_0} &: \text{真空の透磁率 [H/m]} \\ &: \mu_0 = 4 \pi \cdot 10^{-7} \\ {k} &: \text{長岡係数} \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

この式から、インダクタンスは巻き数の二乗に比例して大きくなることがわかります。

前項でコイルの電流は巻き数に比例して大きくなることがわかりました。とは言うものの、巻き数を増やすほどインダクタンスの増加量が大きくなるので、ループの「S/L比」が悪くなってしまいます。そのため、ループの巻き数は 1 回巻きが適していると思われます。

式中の長岡係数は、「Lundinの近似式」を使うと精度良く求めることができます。(文末に資料を書いておきます。)



コイルの面積とインダクタンス

コイルの面積とインダクタンスは、互いにどのように関連しているのでしょうか。

直径 1m ループの面積を基準にして、面積を 1/4倍、1/2倍、2倍、4倍。さらに、線径を 1, 2, 4, 8, 16mmと変えて計算してみました。

「直径 1m・線径 4mm」のループの面積を基準にして見てみると、面積が 2 倍になるとインダクタンスは 1.5 倍に増加していき、面積が 1/2 になるとインダクタンスは 0.7 倍に減少しています。そして、線径が 2 倍になるとインダクタンスは 0.9 倍に減少していき、線径が 1/2 になるとインダクタンスは 1.1 倍に増加しています。

コイルの面積が同じなら、線径が太いものほどインダクタンスが減少することになります。このことから、ループの誘起電流を増やす(「S/L比」を良くする)には太い線を使うのが効果的なことがわかります。



コイルの面積と電流

コイルの面積と電流は、どのように関連しているのでしょうか。

「直径 1m・線径 4mm」のループを基準にして、インダクタンス比から電流比を計算してみました。

電流を増やすためコイルの面積を 2 倍に増やしても、電流比は 1.3 倍程度しか増えないようです。グラフを見ると電流比を 2 倍にするためには、面積を 4 倍にして線径を 2 倍にする、或いは面積を 3 倍にして線径を 4 倍にすればいいことがわかります。

誘起電流を増やすためにループの面積を大きくするのには広い空間が必要になりますが、ループの線径を太くするのならば必要な空間は少しで済みます。それでも大変そうです。



表皮効果

誘起電流を増やすためには、線径を太くするのが効果的なことがわかりました。しかし、太い銅線(または銅棒など)は高価で、ループの重量も重くなってしまうため、あまり現実的ではありません。

導体に周波数の高い電流が流れるとき、電流は導体の表面に偏って流れていき、ある深さより深い部分にはほとんど流れなくなります。この現象は表皮効果と呼ばれています。

このとき、流れる電流の大きさが $ e^{-1} $ に減衰する深さが表皮深さになります。流れる電流の周波数が高いほど、この表皮深さは浅くなっていきます。

表皮深さを求める式はこのように表されます。

\[ \begin{multline} \delta = \frac{1}{\sqrt{\pi f \mu \sigma }} \quad [m] \\ \begin{array}{ll} {\sigma} &: \text{導体の導電率 [S/m]} \\ {\mu} &: \text{透磁率 [H/m]} \\ {f} &: \text{周波数 [Hz]} \end{array} \\ \quad \end{multline} \] \[ \begin{multline} \mu = \mu_r \cdot \mu_0 \quad [H/m]\\ \begin{array}{ll} {\mu_r} &: \text{導体の比透磁率 [H/m]} \\ &: \text{銅やアルミニウム }{\simeq}1 \\ {\mu_0} &: \text{真空の透磁率 [H/m]} \\ &: \mu_0 = 4 \pi \cdot 10^{-7} \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

例えば、1 MHz のときの表皮深さは、銅が 66 μm、アルミニウムでは 84 μm 程度です。 周波数が高くなると、ほとんどの電流は導体の表面だけに流れているような状態になります。このことから「導体の中心部分は無くてもいいのでは?」と考えることもできます。例えれば「中空の太い導体」でもいいのではと…
実際には、テレビ放送や FM 放送の受信アンテナに、アルミパイプが使われているのを見ることができます。

また、パイプを切り開いて平らに伸ばした形状、言い換えると表面積が多く取れる「薄い板状の導体」も同様です。この WSMLアンテナ の自作例にもアルミ平板などが、ループの材料としてよく使われています。



表皮抵抗

ループを流れる高周波電流は、表皮効果によって増大する抵抗からどのくらい影響を受けるのでしょうか。

円形断面の導体の場合、表皮抵抗はこのように計算することができます。

\[ \begin{multline} R_S = \frac{l}{D\pi\delta}\cdot\frac{1}{\sigma} \quad [\Omega] \\ (D \gg \delta) \\ \begin{array}{ll} {l} &: \text{ループの周囲長 [m]} \\ {D} &: \text{導体の直径 [m]} \\ {\delta} &: \text{表皮深さ [m]} \\ {\sigma} &: \text{導体の導電率 [S/m]} \end{array} \\ \quad \end{multline} \] \[ \begin{multline} \begin{array}{ll} \text{表皮深さ}{\delta}\text{を展開すると} \\ R_S = \frac{l}{D\pi}\cdot\sqrt{\frac{\pi{f}\mu}{\sigma}} \quad [\Omega]\\ \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

四角形断面の導体の場合、表皮抵抗はこのように計算することができます。

\[ \begin{multline} R_S = \frac{l}{2(w+h)\delta}\cdot\frac{1}{\sigma} \quad [\Omega] \\ {(h \gg \delta, \quad w \gg \delta)}\\ \begin{array}{ll} {l} &: \text{ループの周囲長 [m]} \\ {w} &: \text{導体の幅 [m]} \\ {h} &: \text{導体の厚さ [m]} \\ {\delta} &: \text{表皮深さ [m]} \\ {\sigma} &: \text{導体の導電率 [S/m]} \end{array} \\ \quad \end{multline} \] \[ \begin{multline} \begin{array}{ll} \text{表皮深さ}{\delta}\text{を展開すると} \\ R_S = \frac{l}{2(w+h)}\cdot\sqrt{\frac{\pi{f}\mu}{\sigma}} \quad [\Omega]\\ \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

上記の式を使って表皮抵抗を計算してみました。

次の図は、直径 1 m ループを銅線で作った場合の表皮抵抗です。
銅の導電率は、100(%IACS) の値を使用しました。

次の図は、直径 1 m ループをアルミ線またはアルミ平板( 20mm 幅)で作った場合の表皮抵抗です。
アルミニウムの導電率については、アルミ線はマグネットワイヤ用の 62(%IACS) を、アルミ平板は住宅建材用の 55(%IACS) の値を使用しました。

ホームセンター等では住宅建材用のアルミ平板が入手できますが、材質記号 A6063 を調べてみるとアルミニウム合金製でした。そのため導電率はアルミ線よりも少し低いようです。

どちらも線径を 2 倍にすると、表皮抵抗が 1/2 に減少することがわかります。アルミ平板の導電率は少し低いですが、その代わりに表面積を広くできるので表皮抵抗の低減に効果的なことがわかります。

導体の線径 1 mm の表皮抵抗は、周波数が 10 MHz になると表皮抵抗が 1 Ω 付近まで増加しています。はじめに計算した「線径 1 mm・直径 1 m」ループのインダクタンスは 4.9 μH でした。コイルのインピーダンスの式は\( X_L = 2{\pi}fL [\Omega] \) なので、この式から周波数 10 MHz のインピーダンスを計算すると 308 Ω になります。表皮抵抗 \( R_S \) よりもループのインピーダンス \( X_L \) のほうがかなり大きいです。

\[ X_L \gg R_S \]

このことから、表皮抵抗がループ電流に与える影響は比較的少ないと思われます。



ループのインダクタンス

現実世界のコイルは計算どおりにいかないもので、考えるだけでは解らないことがたくさん出てきます。後は現物で実験する他は無ので、いくつかの実験を行いました。ようやく最近になって実験結果を纏めを始めましたので、近いうちに続きを書こうと思っています。

追記:2013年9月22日 続きを書きました。
WSMLアンテナ 2つのループを使う場合


参考


Lundinの近似式

Richard Lundin さんが 1985 年に発表された、長岡係数を高精度に求めることができる近似式です。

Richard Lundin,'A Handbook Formula for the Inductance of a Single-Layer Circular Coil',Proc IEEE, Vol 73, p1428-1429, Sept.1985 (この文書へのリンクはありませんが、下記のwebサイトには解説資料があります。)

G3YNH,David W Knight さんの web サイト には、"Lundin's handbook formula"の解説資料があります。
このページ "Solenoid inductance and impedance calculation" 内。
タイトル名は「Part 1: Solenoid inductance calculation」です。
ファイル名は "Solenoids.pdf"、このファイルのP29-30にLundin's handbook formulaの解説が記載されています。

参考:プログラム例
http://abelian.org/tssp/formulae.html

2 件のコメント :

DFS さんのコメント...

こんにちは。
引き続きMLAのLoopについての考察をしていただき有難うございます。
これまでのボンヤリとした認識が明確になってきました。
Loopエレメントはそのままコイルの一種で電気的な特性もコイルとして考察出来ますね。
コイルに流れる電流を増やす=アンテナエレメントとしての高性能化
に直結するのでしょう。
太いエレメントが良いらしいが40mmもの太さのパイプとか現実的じゃないし、と考えながらホムセンをウロウロしてたら建材コーナーの板アルミが目に留まったという按配で。
Loopの強度も稼げて受風面積も小さい、と総合的に良いチョイスでした。

エレメントの違いによる変化の実験は初期に細いワイヤー→太い線→板エレと進化させたのが最初で最後でした。
詳しい検証をお纏めのようなので大変興味深いです。

指向性についてはどうでしょうね。
当方4PCLで挫折した点で今後の課題ですが時間だけ随分経ちました(^^ゞ

babooshka さんのコメント...

DFSさん、おはようございます。

ブログ読んでいただいてありがとうございます。3月の記事からだいぶ月日がたってしまい恐縮です。

興味の赴くままやっていますが、私自身もMLAについてよく解らなかった部分が、この考察を通して少し見えてきたような印象を受けています。

指向性ですが、ベランダ設置故にクルクル廻すことは出来ないのですが、ヌル特性のデータは取ることが出来ました。

続編の纏めは、まだ書けていないのでチョット焦っています。データは2ヶ月前に取り終えているのですが、記憶はその時のメモが頼りです。
忘れないうちに早く続きを書かないと…