2014年4月2日水曜日

WSMLアンテナ:ループの受信信号レベルを比較する

これまで何回かに分けて、WSMLアンテナについての実験や考察を行ってきました。その中で興味深い点は「ループアンテナの誘起電流」を増やすことが感度向上に繋がるということでした。

このテーマは昨年の3月頃から取り組んでいて早いものでもう1年になります。前回の記事を書いたのは昨年の9月、気が付けばもう半年の時間が経ってしまいました。その間は実験データの整理などをしながら思いついたことをTiddlyWikiに書き溜めていましたが、一先ずここで纏めておこうと思います。


はじめに


WSMLアンテナ

このアンテナは LZ1AQ Chavdar さんが開発された広帯域受信用アンテナで、正式名称は Wideband Active Small Magnetic Loop Antenna と言います。長い名称なので略して(日本国内では) WSMLアンテナ と呼ばれています。

WSMLアンテナは、ループに誘起した非常に小さな電流をアンテナ・アンプで増幅する方式のアクティブ・アンテナです。このアンプの特徴のひとつとして非常に低い入力インピーダンスであることが挙げられます。このことから、ループの誘起電流ができるだけ多く流れるような工夫が、このアンテナの感度の向上に繋がると考えられます。


これまでの経過を簡単におさらいしておきます。

以前の考察では、コイルに流れる電流の大きさはこのような式で表されました。

\[ \begin{multline} I= \frac{{\mu}NHS}{L} \\ \begin{array}{ll} {I} &: \text{電流 [ I ] } \\ {\mu} &: \text{透磁率 [ H/m ] } \\ {N} &: \text{コイルの巻き数} \\ {H} &: \text{磁界の強さ [ A/m ] } \\ {S} &: \text{コイルの面積 [ }m^2\text{ ] } \\ {L} &: \text{インダクタンス [ H ] } \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

さて、ここでループアンテナをコイルの世界から眺めてみると。「コイルに流れる電流」の大きさが「ループアンテナの誘起電流」の大きさに。そして、コイルの「面積S」と「インダクタンスL」の関係が、ループアンテナの「S/L比」の関係に繋がります。つまり、コイルの世界で「ループアンテナの誘起電流」を増やすには、「面積」が大きく「インダクタンス」が小さいコイル(ループ)を作れば良いことになります。

つづいて、空芯コイルのインダクタンスの値は、このような式で求めることができました。

\[ \begin{multline} \begin{array}{ll} L &=& \frac{\mu_0 NS}{I} \cdot \frac{NI}{b} \cdot k \\ &=& \frac{\mu_0 {N^2}\pi{a^2}}{b} \cdot k \quad[ H ] \\ \end{array} \\ \begin{array}{ll} {N} &: \text{コイルの巻き数} \\ {a} &: \text{コイルの半径 [ m ]} \\ {b} &: \text{コイルの長さ [ m ]} \\ {\mu_0} &: \text{真空の透磁率 [ H/m ]} \\ &: \mu_0 = 4 \pi \cdot 10^{-7} \\ {k} &: \text{長岡係数} \end{array} \\ \quad \end{multline} \]

前項の式では、コイルの電流は巻き数に比例して大きくなりましたが、この式からインダクタンスは巻き数の二乗に比例して大きくなることがわかります。これでは巻き数を増やすほどインダクタンスの増加量が大きくなるので、その結果ループの「S/L比」が悪くなって電流が減少してしまいます。

ここから、コイルの性質でお互いにトレードオフの関係にある、「面積」が大きく「インダクタンス」が小さいコイルを実現する工夫に移っていきます。この工夫では、ループの面積を増やすよりも、インダクタンスを低減する工夫のほうが効率が良いことが分かり、「インダクタンス」を低減する工夫に焦点を当てて進んでいきました。その結果、ループのインダクタンスを低減するには、銅やアルミニウム製の太いパイプ、若しくは幅広の平板を使うのが効果的だということがわかりました。もちろん、その場合のループの巻き数は「1回巻き」です。

つづいて前回の実験では、コイルの世界からヒントを貰いながら、ループの「面積」を生かしつつ「インダクタンス」を低減する工夫へと進んでいきました。この工夫の中では、2つのループを使うことで生じる「相互インダクタンス」と、「ループの並列接続」によって合成される「誘起電流の方向」が大きな役割を果たしています。

このときの実験では、測定した2つのループの合成インダクタンスを元にして。誘起電流の大きさを相対的に比較するための「電流比」を計算しました。この計算では「基準」のループに対してそれぞれ得られる電流比を求めています。たとえば「直径1m」ループを基準に電流比を計算すると。2つの「直径0.58m」ループを組み合わせた「8の字配置ークロス接続」の場合で1.4倍の電流比、「平行配置ー平行接続」の場合の電流比は1.2~1.3倍でした。

この計算によって、2つの「直径0.58m」のループの総面積が「直径1m」のループの僅か0.67倍にも拘らず、この2つのループを並列接続することで得られる誘起電流の大きさが「直径1m」のループと同等以上であることがわかりました。

また、これらの結果から「平行配置ー平行接続」は、原典の「パラレル・クロスド・ループ」の組み合わせである「8の字配置ークロス接続」と同じように誘起電流が増える組み合わせであることがわかりました。

さて今回は、これまでの考察を踏まえながら実際に受信した信号レベルの大きさと、計算で求めた電流比の関係を見ていこうと思います。実際の実験は昨年の6月に行ったものです、今回はこのときの実験メモや記録集計した測定データを元にして比較検証していこうと思います。


受信地点と送信所の位置関係

この実験では、次の二つの放送の受信信号レベルを測定しています。

  • 1143kHz:KBS京都 20kW
  • 9595kHz:ラジオNIKKEI 50kW

実験を行った受信地は京都市内です。受信地と各送信所の位置関係については、KBS京都の久御山送信所(京都府久世郡久御山町)は受信地のほぼ南方向、ラジオNIKKEIの長柄送信所(千葉県長生郡長柄町)は受信地からほぼ東方向に位置しています。


アンテナ方向

受信信号レベルの測定と併せて、ループアンテナの null 特性を調べました。受信地点から見た2つの送信所の方向が90度異なることが今回の実験に好都合でした。

アンテナ方向は次のように設定しています。

  • 「方向A」(下図左側):

    1143kHZが最大信号レベルの方向、9595kHzがほぼ最小信号レベル(null)の方向。

  • 「方向B」(下図右側):

    1143kHZが最小信号レベル(null)の方向、9595kHzがほぼ最大信号レベルの方向。


実験に使用するループについて


実験には前回と同じループを使用しています。

  • ループの大きさ:直径0.58m
  • ループの材料:アルミフラットバー(長さ1820mm、幅20mm、厚さ2mm)


比較用ループは現用中のWSMLシングルループです。

  • ループの大きさ:直径1.0m
  • ループの材料:アルミフラットバー(長さ3140mm、幅20mm、厚さ3mm)


実験は下記の組み合わせで進めました。ループ配置や接続方法の詳細は前の記事を参照してください。

  • シングルループと8の字配置
    • シングルループ 直径 0.58m
    • シングルループ 直径 1m
    • 「8の字配置ークロス接続」
    • 「8の字配置ー平行接続」

  • 平行配置
    • 「平行配置ー平行接続」
    • 「平行配置ークロス接続」


実験の様子

下の写真は実験の様子です。ループアンテナをベランダの手すりの高さより上の位置にするために、ステンレス製物干しハンガーの上に載せています。右側奥に見えているのが比較用の1mシングルループです。これらのアンテナを南向きベランダに設置して実験を行いました。


全体の接続

全体の接続はこのようになっています。図の一部は、関連する過去記事へのリンクになっています。

[ ループエレメント ] || [ WSMLアンテナアンプ ] || || 同軸ケーブル || [ DC重畳ユニット ]==[ DC電源 ] || || 同軸ケーブル || [ APB-1 ]==USB==[ PC ]

サンプル数

受信信号レベルはフェージング等の影響を受けて変化しています。また、伝搬状態は時間とともに変化しています。そこでこの実験では、信号レベルの変化を考慮して複数のサンプルを取って比較することにしました。

  • 実験日を2回に分ける

    採取するデータは「方向A」と「方向B」それぞれ36項目あります。そこで、実験日を「方向A」と「方向B」の2日に分け、それぞれ同じ時間帯で行うことにしました。と言うのも、全てのデータを同時に一括取得できれば良いのですが、そう簡単ではありません。実際の作業ではループの設置や接続の切り替え、データ記録、PC操作等を繰り返す必要があり、どうしても時間がかかってしまいます。

  • サンプル数は5個

    36項目のデータを"出来るだけ短時間"(伝搬状態の変化を考慮して1時間程度)で採取することを目標にしたのでサンプル数を5個に設定しました。

実際の実験は頭の中で描いたように段取り良く進まないもので、段取り時間を含めると所要時間は約1時間半でした。その後日、記録データのチェックで「方向B」の「シングル1m」のデータ採り忘れに気づき、後日改めてデータを採り直すことになりました。そのため今回の実験では、20日間に3回の実験を行ったことになります。その結果として「方向B」では、「シングル1m」とその他の組み合わせで日付が違うデータを使って比較することになってしまい、これは如何なものかと考えましたが、先ずは結果を見てみようということで、このまま進めることにしました。


平均値の計算

受信信号レベルの比較では、直径1mのシングルループを比較の基準にしました。比較時のデシベル値の平均値の計算では、デシベル値を真数値に変換して平均計算を行い、その後デシベル値に戻しています。うっかりするとデシベル値のままで平均してしまいそうですがそれは間違いです。なぜならデシベル値の和は真数の積になるからです。

と、エラそうに書いている本人も、データの集計作業に取り掛かった時点では、デシベル値をそのまま平均していました。その後、式を再確認しているときに、ようやくこの事に気づき修正することができました。デシベル値の平均計算には注意しましょう!



「シングルループ」と「8の字ループ」

スペアナ画面で比較

ここでは、APB-1のスペクトラム・アナライザで測定時した画像を使って「シングル1m」ループと比較しています。 この画像は、それぞれのスペアナ画像をGIFアニメーションで連続表示していますので、全体を俯瞰しながら見比べられると思います。画像をクリックすると拡大して見ることができます。



「シングルループ」

下の画像は、方向Aの「シングル1m」「シングル0.58m」を繰り返して表示しています。「シングル1m」に対してループ面積が小さい「シングル0.58m」は、全体的に受信信号レベルが低くなっているように見えます。このことから、ループの面積と受信信号レベルは相関関係にあることがわかります。

方向Aの「シングル1m」、「シングル0.58m」の繰り返し画像

下の画像は、方向Bの「シングル1m」「シングル0.58m」を繰り返して表示しています。この方向Bでは1143kHzがnull方向になります。画像からは「シングル0.58m」のnullの深さは、「シングル1m」よりも少し浅いように見えます。また「シングル0.58m」は10MHz付近の受信信号レベルが少し高くなっているように見えます。

方向Bの「シングル1m」「シングル0.58m」の繰り返し画像。



「8の字ループ」

下の画像は、方向Aの「シングル1m」に続いて「8の字ークロス」「8の字ー平行」を繰り返して表示しています。これまでの考察で「8の字ークロス」は誘起電流が増える組み合わせであることがわかっています。この画像からも「8の字ークロス」の受信信号レベルは「シングル1m」の受信信号レベルと同じように大きくみえます。それに対して、誘起電流が減少する組み合わせの「8の字ー平行」は、受信信号レベルが全体的に小さくみえます。

方向Aの「シングル1m」「8の字ークロス」「8の字ー平行」の繰り返し画像

下の画像は、方向Bの「シングル1m」に続いて「8の字ークロス」「8の字ー平行」を繰り返して表示しています。null方向である1143kHzでは、「8の字ークロス」はnullが深く「8の字ー平行」はnullが浅くみえます。また「8の字ー平行」は受信信号レベルが全体に低いですが、6~10MHz付近の信号レベルとノイズフロアが上昇しているのが目立ちます。

方向Bの「シングル1m」「8の字ークロス」「8の字ー平行」の繰り返し画像



グラフで比較

スペアナ画面でおおまかな違いがわかったので、もう少し細かく見ていきます。

次の表は上記の「8の字ループ」と「シングルループ」を、それぞれ二つの周波数で測定したときの受信信号レベルの大きさです。 左から「8の字配置ー平行接続」「8の字配置ークロス接続」「シングルループ 直径 0.58m」「シングルループ 直径 1m」の順に並んでいます。


方向Aの受信信号レベル(測定値)


方向Bの受信信号レベル(測定値)

上の表をグラフに表したものが次の図です。縦軸は信号レベルです。


方向Aの受信信号レベル

上のグラフから方向Aの1143kHzの受信信号レベルを見ると、「8の字ークロス」と「シングル1m」は同じくらいの大きさです。1143kHzは地元ローカル局なので「シングル0.58m」でも大きな差はありません。いっぽう「8の字ー平行」は誘起電流が減少する組み合わせでした。このグラフからも「8の字ー平行」は「シングル1m」に比べて、受信信号レベルが20dBほど減少していることがわかります。

9595kHzの「シングル1m」の受信信号レベルを見ると、方向Aと方向Bを見比べてもほとんど同じに見えます。平均値で比較すると、null方向になるはずの方向Aのほうが4dBほど大きな値になりました。

フェージングによる信号レベルの変化は、地元放送局の1143kHzでは僅かですが、null方向になる9595kHzでは、それぞれのループで変化の幅に違いがあるように見えます。チョット考えすぎかもしれませんが、これをループの面積で見ると、面積が大きいと変化の幅が少なく、面積が小さいと変化の幅が大きいことになります。この例外になるのは、誘起電流が減少する組み合わせの「8の字ー平行」です。


方向Bの受信信号レベル

上のグラフからnull方向の1143kHzの信号レベルを見ると、「8の字ークロス」は「シングル1m」より信号レベルが小さい(nullが深い)ことがわかります。さらに、9595kHzの信号レベルの大きさは、「8の字ークロス」が「シングル1m」並みの大きさであることがわかります。

いっぽう「8の字ー平行」と「シングル0.58m」は、1143kHzのnullの浅さが目立ちますが、9595kHzでは「シングル1m」を少し超える大きさがあります。

この9595kHzでは、誘起電流が減少する組み合わせの「8の字ー平行」への影響は少ないようです。もしかするとこの影響は、受信信号レベルが小さい場合にはあまり考えなくても良いのかも知れません。



数値で比較

次の表は基準の「シングルループ 直径 1m」と、それぞれの受信信号レベルの平均値の差を計算したものです。


方向Aの受信信号レベル

上の表から1143kHzの受信信号レベルが大きい順に選び出すと、「8の字ークロス」>「シングル1m」>「シングル0.58m」>「8の字ー平行」になります。また、この表から方向Aの1143kHzでは、「シングル1m」より「8の字ークロス」のほうが0.6dB(1.07倍)信号レベルが大きいことがわかります。

この結果は「8の字ークロス」の電流比を計算した値の1.4倍には及びませんが、直径0.58mのループを組み合わせたこの「8の字ークロス」は、1143kHzにおいて「シングル1m」と同等の感度を持つことが確認できました。


方向Bの受信信号レベル

上の表から9595kHzの受信信号レベルが大きい順に選び出すと、「シングル0.58m」>「8の字ー平行」>「シングル1m」>「8の字ークロス」になります。このときの「8の字ークロス」の信号レベルは-1.7dBです。これは「シングル1m」の約0.8倍の大きさになります。このことから方向Bの「8の字ークロス」は、9595kHzにおいて「シングル1m」と「ほぼ同等」の感度を持つことが確認できました。



nullの深さ

それぞれの周波数の信号レベルの平均値でnullの深さ(最大信号レベルとnull方向の信号レベルの差)を比較しました。

1143kHzのnullの深さを比較すると、「8の字ークロス」>「シングル1m」>「シングル0.58m」>「8の字ー平行」の順になります。nullの深さが最大の「8の字ークロス」では-46.3dB、最小の「8の字ー平行」は-11.4dB、その差は約35dBです。

9595kHzのnullの深さを比較すると、「8の字ー平行」>「8の字ークロス」>「シングル0.58m」>「シングル1m」の順になります。nullの深さが最大の「8の字ー平行」では-19.2dB、最小の「シングル1m」は+4dB、その差は約23dBです。

この結果から、どちらの場合でも「8の字ークロス」は「シングル1m」より深いnullが得られることがわかりました。特に低い周波数のほうでは深いnullが得られています。

また「シングル1m」は、低い周波数側では深いnullが得られますが、周波数が高い側ではnullの値ではなくなっています。そのいっぽう「シングル0.58m」や「シングル0.58m」の8の字配置では、高い周波数側でもnullが得られています。この違いは少し気になります。



「平行配置ー平行接続ループ」

この平行配置では、ループの間隔と信号レベルの変化を調べるためにループ間隔を変えて測定しました。ループ間隔は前回の実験と同じ値の0.05m, 0.1m, 0.2m, 0.3m, 0.4m, 0.5m, 0.6mの7パターンです。



スペアナ画面で比較

それでは、測定時のスペアナ画面で「シングル1m」ループと比較してみましょう。

下の画像は、方向Aの「シングル1m」に続き「平行配置ー平行接続ループ」のループ間隔「0.05m」「0.1m」「0.2m」「0.3m」「0.4m」「0.5m」「0.6m」の繰り返し画像です。

下の画像は、方向Bの「シングル1m」に続き「平行配置ー平行接続ループ」のループ間隔「0.05m」「0.1m」「0.2m」「0.3m」「0.4m」「0.5m」「0.6m」の繰り返し画像です。

これまでの考察で「平行配置ー平行接続ループ」は誘起電流が増える組み合わせでした。この画像からも「平行配置ー平行接続ループ」の受信信号レベルが「シングル1m」と同じくらいの大きさにみえます。とはいえ、ループ間隔による受信信号レベルの違いを、これらの画像だけで判断するのは難しいです。



グラフで比較

次の表は上記の「平行配置ー平行接続ループ」を、それぞれ二つの周波数で測定したときの受信信号レベルの大きさです。 左からループ間隔: 0.05m, 0.1m, 0.2m, 0.3m, 0.4m, 0.5m, 0.6mの順に並んでいます。


方向Aの「平行配置ー平行接続ループ」の受信信号レベル(測定値)


方向Bの「平行配置ー平行接続ループ」の受信信号レベル(測定値)

上の表をグラフに表したのが次の図です。縦軸は信号レベルです。


方向Aの「平行配置ー平行接続ループ」の受信信号レベル

上のグラフの1143kHzでは、ループ間隔の変化による信号レベルの変化は僅かです。いっぽう、null方向の9595kHzでは信号レベルに大きな変化がみられます。この変化は以前の実験で電流比を計算した時の「ループ間隔と電流比」の変化の関係に似ているようにも見えます。

ループ間隔0.1mと0.5m,0.6mでは、受信信号レベルの変化の幅が20dB以上と大きいことが目立ちます。


方向Bの「平行配置ー平行接続ループ」の受信信号レベル

上のグラフのnull方向の1143kHzでは、ループ間隔0.2mを中心として、nullの浅い部分のピークになっているように見えます。

同様に9595kHzでも、ループ間隔0.2mを中心として、信号レベルが大きい部分のピークになっているように見えます。



数値で比較

次の表は基準の「シングルループ 直径 1m」と、それぞれの受信信号レベルの平均値の差を計算したものです。

方向Aの「平行配置ー平行接続ループ」の受信信号レベル

方向Aの1143kHzでは、ループ間隔0.2mが最大の信号レベルになっています。これは前回の実験結果の電流比が最大になる間隔と一致しています。このときの計算値では、ループ間隔が0.2mのとき電流比が最大になり、その大きさは1.3倍でした。このことから方向Aの1143kHzでは、ループ間隔の変化による電流比と信号レベルの大きさには相関関係があることがわかります。

この「平行配置ー平行接続ループ」の方向Aの1143kHzの信号レベルは、ループ間隔0.2mで「シングル1m」の -0.1dB(1.0倍)の大きさです。

この結果は「平行配置ー平行接続ループ」の電流比を計算した値の1.3倍には及びませんが、ループ間隔0.2mの「平行配置ー平行接続ループ」は、1143kHzにおいて「シングル1m」と同等の受信感度を持つことが確認できました。


方向Bの「平行配置ー平行接続ループ」の受信信号レベル

ここでも、前項の方向Aの1143kHzにおける、電流比と信号レベルの変化と同じような相関関係がみられます。

方向Bの9595kHzでは、ループ間隔の0.2mに信号レベルのピーク点があります。このループ間隔は、前回の実験結果の電流比が最大になる点と同じ0.2mです。今回の実験では、この点の受信信号レベルの大きさは12.8dB(4.4倍)と大きな値が得られています。

これらの結果から、「平行配置ー平行接続」は「シングル1m」とほぼ同等の受信感度を持つことが確認できました。特に周波数が高い側の9595kHzでは、「平行配置ー平行接続」は「シングル1m」よりも大きな受信感度が得られることがわかりました。



nullの深さ

つぎに、それぞれの周波数の信号レベルの平均値でnullの深さ(最大信号レベルとnull方向の信号レベルの差)を比較しました。

1143kHzのnullの深さを比較すると、ループ間隔が「0.6m」>「0.4m」>「0.1m」>「0.05m」>「0.5m」>「0.3m」>「0.2m」の順になりますが、nullの深さが最大の「0.6m」では-33.5dB、最少の「0.2m」では-27.1dB、その差は僅か6dB程度です。

この1143kHzでは、ループ間隔の変化によるnullの深さの差はあまり大きくなく、いずれのループ間隔でもnullの深さは「シングル0.58m」と同じ程度でした。これは「シングル1m」よりnullが少し浅い程度で、「8の字ークロス」のnullの深さには及びません。

9595kHzのnullの深さを比較すると、「0.6m」>「0.05m」>「0.2m」>「0.1m」>「0.3m」>「0.4m」>「0.5m」の順になりました。こちらではnullの深さが最大の「0.6m」では-27.0dB、最少の「0.5m」では-2.3dB、その差は大きく約24dBあります。

この9595kHzでは、どのループ間隔においても「シングル1m」よりnullが深く、特にループ間隔の0.05mと0.6mではかなり深いnullが得られています。さらに、このループ間隔の値の両端では、間隔が0.1m変わるだけで受信信号レベルに大きな差があります。

受信信号レベルが大きいループ間隔0.2mでnullの深さを見ると。

  • 1143kHzでは、nullの深さは-27.1dB、これは「シングル0.58m」と同じ程度。
  • 9595kHzでは、nullの深さは-18.4dB、これは「8の字ー平行」と同じ程度。こちらのほうは「8の字ークロス」よりも12dBほど深いnullが得られています。



「平行配置ークロス接続ループ」

これまでの考察では、この「平行配置ークロス接続ループ」は「8の字配置ー平行接続」と同じように誘起電流が減少する組み合わせでした。それでは、この「平行配置ークロス接続ループ」の受信信号レベルは、「8の字配置ー平行接続」と同じように小さくなるのでしょうか。

ループ間隔を「平行配置ー平行接続ループ」と同じように0.05m, 0.1m, 0.2m, 0.3m, 0.4m, 0.5m, 0.6mと変えて測定しました。



スペアナ画面で比較

測定時のスペアナ画面を使って、比較用のシングル1mループとの違いを見てみましょう。

下の画像は方向Aの「シングル1m」に続き「平行配置ークロス接続ループ」のループ間隔「0.05m」「0.1m」「0.2m」「0.3m」「0.4m」「0.5m」「0.6m」の繰り返し画像です。

下の画像は方向Bの「シングル1m」に続き「平行配置ークロス接続ループ」のループ間隔「0.05m」「0.1m」「0.2m」「0.3m」「0.4m」「0.5m」「0.6m」の繰り返し画像です。

スペアナ画面の比較画像では、この組み合わせの受信信号レベルは考察どおり全体的に低くなっています。このことから、合成される「誘起電流の方向」が受信信号レベルの大きさに影響を与える要因となることがわかります。とはいえ、ループ間隔が広い側の10MHz付近ではこの影響が少ないようにみえます。



グラフで比較

次の表は上記の「平行配置ークロス接続ループ」を、それぞれ二つの周波数で測定したときの受信信号レベルの大きさです。 左からループ間隔: 0.05m, 0.1m, 0.2m, 0.3m, 0.4m, 0.5m, 0.6mの順に並んでいます。


方向Aの「平行配置ークロス接続ループ」の受信信号レベル(測定値)


方向Bの「平行配置ークロス接続ループ」の受信信号レベル(測定値)

上の表をグラフに表したのが次の図です。縦軸は信号レベルです。


方向Aの受信信号レベル


方向Bの受信信号レベル

前回の考察の計算では、この「平行配置ークロス接続ループ」はループ間隔が狭い側で電流比が大きく、ループ間隔が広い側で電流比が小さくなっていました。この電流比が大きいとはS/L比が大きいことを意味します。つまりループ間隔が狭い側ではループの誘起電流が増加して受信信号レベルが大きくなる筈ですが、この「平行配置ークロス接続ループ」の場合はそうではありません。

同じ「平行配置」でも、接続方法が「平行接続」から「クロス接続」へ変わることで、合成される電流の方向が変わってしまいます。この「平行配置ークロス接続ループ」の場合、それは、合成される誘起電流の方向が互いに打ち消し合って減少する関係になると考えられます。このことが、この「平行配置ークロス接続ループ」が「平行配置ー平行接続ループ」よりも受信信号レベルが減少する要因だと言えます。

上のグラフではループ間隔が狭くなるほど信号レベルが小さくなっているようにみえます。ここでは電流比の大きさと受信信号レベルの大きさは、ちょうど正反対の関係です。この傾向は方向Bの信号レベルの変化では、さらに強く現れています。



数値で比較

次の表は基準の「シングルループ 直径 1m」と、それぞれの受信信号レベルの平均値の差を計算したものです。


方向Aの受信信号レベル


方向Bの受信信号レベル

方向Aの1143kHzの信号レベルを見ると、どのループ間隔でも「シングル1m」に対して-10dB以下と低い値です。さらに、この1143kHzの方向Bのループ間隔が広い側では、null方向にもかかわらず信号レベルが増加しています。

方向Bの9595kHzでは信号レベルの減少が少ないようです。受信信号レベルの大きさは、ループ間隔の狭い側では「シングル1m」より小さく、ループ間隔の広い側では「シングル1m」より信号レベルが大きな値になっています。null方向の方向Aでも同じ傾向が出ています。

ここで、合成される「誘起電流の方向」が受信信号レベルの大きさに影響を与えている傾向は、ループ間隔が狭い側で大きく、ループ間隔が広い側では小さく見えます。2つのループのそれぞれに誘起する電流の大きさが同じなら、その受信信号レベルの大きさはループ間隔に関係なく同じように減少するはずですが、この結果はそうではありませんでした。

その要因を考えてみるとループ間の接続線が挙げられます。この実験では、片側のループの開口部(円弧の始点と終点の部分)を給電点にしました。そこから接続線を経由して、もう一方のループへ接続しています。この場合ループ間隔0.3m以上では、ループ間を往復する接続線の長さはループ周長以上になってしまいます。

このループ間隔の広い側で信号レベルが大きな値になるのは、接続線の長さによって2つのループの誘起電流の大きさに違いが生じ、打ち消し合う度合が減少したとも考えられます。今回の実験では作業の都合でこのような接続方法になりましたが、合成される誘起電流のバランスを考えると、給電点は接続線の長さの中間位置のほうが良いのかもしれません。



nullの深さ

つぎに、それぞれの周波数の信号レベルの平均値でnullの深さ(最大信号レベルとnull方向の信号レベルの差)を比較しました。

1143kHzのnullの深さを比較すると、ループ間隔が「0.05m」>「0.3m」>「0.1m」>「0.4m」>「0.6m」>「0.5m」>「0.2m」の順でした。nullの深さが最大の「0.05m」では-37.1dB、最少の「0.2m」では-17.8dB、その差は約19dBです。

この1143kHzでは、ループ間隔の変化によるnullの深さの差は大きく、ループ間隔の0.05mでは「シングル1m」並みの深いnullが得られています。とはいえ、1143kHzの受信信号レベルは「8の字-平行」並みに小さいので、この深いnullの活躍の場はあまり無さそうです。

9595kHzのnullの深さを比較すると、「0.1m」>「0.5m」>「0.3m」>「0.2m」>「0.4m」>「0.6m」>「0.05m」の順でした。nullの深さが最大の「0.1m」では-16.5dB、最少の「0.05m」では-3.3dB、その差は約13dBです。

この9595kHzでは、ループ間隔0.1mを除いてnullの深さは一桁台の小さい値です。



今回のまとめ

今回は実際の受信信号レベルの大きさと、計算で求めた電流比との関係をみてきました。


今回の実験でわかったことは

  • ループの面積の大きさは、受信信号レベルの大きさに影響を与える。
  • 合成する誘起電流の方向は、受信信号レベルの大きさに影響を与える。
  • 誘起電流が増える組み合わせはでは、電流比の大きさと受信信号レベルの大きさには相関関係がある。
  • 誘起電流が減少する組み合わせでも、信号レベルが小さい場合は減少する影響が少ない。
  • 平行配置のループ間隔は、高い周波数側では受信信号レベルに大きく影響を与える。
  • nullの深さは、ループの配置や接続方法で大きく変わる
  • 多ループ化は、インダクタンスを低減して誘起電流を増加させる。
ということです。

また、WSMLアンテナはインダクタンスの変化に敏感なアンテナだとも言えます。WSMLアンテナをベランダに設置する場合は、インダクタンスが増加するような周囲の影響を出来るだけ少なくすることも大切だと思われます。

一般にループアンテナがスモールループとして動作する周波数は、ループ周長の長さが受信周波数の波長λの1/10以下だといわれています。今回の実験に使用したループでは、それぞれのループ周長がλ/10になる上限周波数は「シングル1m」では9.55MHz、「シングル0.58m」では16.4MHzです。

WSMLアンテナの原典Wideband Active Small Magnetic Loop Antennaに書かれていますように、小径ループの並列化は、この上限周波数を上げると共に大きなループ面積を作り出し、ループのインダクタンスを低減して誘起電流を増やすと考えられています。今回の実験でもその効果が確認できました。

今回のきっかけになった「平行配置-平行接続」は、原典と同じ「8の字配置-クロス接続」に加えて、効果的なループの組み合わせだと言えると思います。


誘起電流が増える組み合わせの結果は

  • 「シングル0.58m」を2つ組み合わせた「8の字配置-クロス接続」は、「シングル1m」とほぼ同等の受信感度を持つことが確認できました。1143kHzでは0.6dB(1.07倍)、9595kHzでは-1.7dB(0.8倍)でした。

  • 「シングル0.58m」をループ間隔0.2mで組み合わせた「平行配置-平行接続」は、1143kHzでは「シングル1m」と同等-0.1dB(1.0倍)の受信感度が、9595kHzでは「シングル1m」の12.8dB(4.4倍)の受信感度を持つことが確認できました。

今回の実験場所は広く開けた空間では無く、ベランダという限定された空間で行いました。そのため測定条件としてはいろいろと不都合があったかもしれません。そのなかで「シングル0.58m」を2つ組み合わせた「平行配置-平行接続」は、直径1mループの面積に対して僅か0.67倍の面積ですが、ベランダ設置でも良い結果が得られました。

また、誘起電流が減少する組み合わせの「8の字配置-平行接続」や「平行配置-クロス接続」も、全く役に立たないことは無いのかもしれません。強力な地元中波局の受信信号レベルの低さと、10MHz付近の受信信号レベルがあまり低下しないことを利用すると。例えば、地元中波局をnull方向に向けて低減してやり、アンテナアンプの過入力を抑える。そして信号レベルがあまり低下しない10MHz付近を受信する等です。このような使い方が役立つ場合があるかもしれません。


気になるところ

方向Bの「シングル0.58m」の結果です。というのも、この「シングル0.58m」と「シングル1m」の比較すると、

  • 1143kHzでは「シングル1m」より「シングル0.58m」のほうが、受信信号レベルが小さくnullが浅い。

  • 9595kHzでは「シングル1m」より「シングル0.58m」のほうが、受信信号レベルが大きくnullが深い。

このようにふたつの周波数で正反対の結果が得られました。さらに方向Bの9595kHzでは、面積が大きな「シングル1m」や「8の字ークロス」よりも、「シングル0.58m」のほうが受信信号レベルが大きいという結果でした。

この要因としては、つぎのようなことが考えられます。

  • 方向Bの「シングル1m」が別の日に測定したデータだから

    (それぞれの測定日で、伝搬状態に違いがあった?)

  • 「シングル1m」は周波数が高い側で感度が下がる

    \( X_L = 2{\pi}fL [\Omega] \) なので\(L\)が大きいぶん高域で誘起電流が減少する。

  • ループに近接した周囲の建物の影響を受けている

    面積の大きな「シングル1m」や縦方向に大きな面積を占有する「8の字ークロス」は、ベランダ内の空間だけでは、ループ全体の面積を有効に使って電波を捕らえることが十分でないのかもしれません。さらに、ループの周囲には、ループ固定用のステンレス製物干しハンガーや建築構造物などがあります。これらの影響を受けている可能性も考えられます。

  • λ/10ルール

    前述のように、「シングル1m」の上限周波数が「シングル0.58m」よりも低いことから、高域ではスモールループの動作では無くなり、受信信号レベルの低下や指向特性の変化が表れた?


おわりに

これまでの考察を通してループアンテナをコイルの世界から眺めてみることで、WSMLアンテナのループ部分の特徴や工夫が少しずつ見えてきたように感じました。まだまだ疑問や興味は尽きないのですが、ミイラ取りがミイラになりそうなので一先ずここまで。